【読書ノート】錬金術の秘密
著者: 竹澤
書籍情報
ローレンス・M・プリンチーペ 著
ヒロ・ヒライ 訳
出版:2018/8/25
感想
本書はギリシャ、エジプトの思想を出発点として、錬金術が歩んできた歴史をまとめた書籍である。中世を経て、ルネサンス期に錬金術が黄金期を迎え、そして神秘主義的な面へと向かっていく歴史は、今日の感覚から見ればある種怪しくも魅力的な雰囲気を醸し出している。
本書の特徴は、実際に著者が錬金術師のレシピで再現実験を行っている点である。巻頭につけられたカラーページには実際に著者が実験を行った際の写真が添付されており、金属化合物が作り出した見事な結晶に、当時の錬金術師たちが熱を上げた理由を伺い知ることができる。金属がその性質によって自然に作り出す結晶構造という造形には、今日の私たちから見ても多くの驚きがある。当時この結晶をフラスコの中で再現した錬金術たちが、その美しさに感動し金の錬成を夢見たのは納得感がある。
本書を通して描かれる錬金術の姿は、現代の化学へと地続きになるような理論立てて進められる科学的な営みである。ルネサンス期にパラケルススによって提唱された4元素説は、フラスコ中の現象を定性的に説明することができ、それには説得力があった。当時フラスコを振っていた錬金術たちは、今日の我々とは異なる世界観でフラスコの中の現象を理論立て、理解していたのである。この営みは現代の科学とほとんど変わらない。錬金術と化学の間を隔てる壁があったとすれば、錬金術においてしばしばその知識が秘匿された点にある。現代では基本的に学問は開かれているが、この当時錬金術の技を伝えるのには暗喩や暗号が多用された。そこで書かれたイメージや、難解な比喩が今日の錬金術師に対する怪しげなイメージを形作ったのであろう。
錬金術を伝えた暗喩は、今日から見れば神秘主義的な香りが強いが、その意味を本書では丁寧にひも解いている。本書の中で紹介される『賢者たちのバラ園』と呼ばれるラテン語の散文集では、抱き合った男女の絵柄が重要な反応として示唆される。これを著者は、水銀(Hg)と硫黄(S)の化合を指示していると指摘する。このイメージは一般的な感覚で見ると怪しげだが、化学屋の視点から見ると現代の価値観でもある種納得感のあるイメージでもある。今日においても、化学を学ぶ学生は、その物質同士の反応を性関係に例えて理解するからだ。例えば有機化学を学ぶ学生が必ず通る、SN2反応と呼ばれる反応機構では、炭素と化合していた塩素(Cl)に対し、より強力な求核剤である臭素(Br-)が背面から襲い掛かることでその結合が置換される。この際の反応はしばしば、男女の浮気関係に例えられ、今日でも学生たちに理解されていくのだ。
素朴な疑問として、錬金術がいつどのように化学と袂を分かったのかは気になった。17世紀を生きていたボイルやニュートンといった近代的なイメージの強い科学者たちも、錬金術に取り組んでいたことを考えると、このある種神秘的な雰囲気がいつ脱色され現代的な化学になったのかは気になる。
落ち着いたら化学史の勉強にも着手してみたい